**麻雀蒐穂録**

マージャンとはギャンブルとはゲームとは…そしてプロとは…!

遠い昔、歌舞伎町のけもの道を徘徊していた 畏怖るべきアウトロー達との交遊を
途切れた記憶の糸を紡ぎながら回顧録まがいに書き起こそうと思います。

 ※実体験以外に風聞や創作も加味するつもりです。フィクションとしてお読み下さい。

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夜の訪問者(3)

三日三晩…その日も不眠不休で牌を叩いていた。
すでに意識が朦朧として、昼夜の判断もつかなくなっていた。
その時、背後でドアの軋む音がして冷たい風が流れ込んできた。

一階の入り口のドアが開いたのだ。その風圧が三階のドアを揺らす。
しかし、この時間、一階のドアには鍵が掛かっているはずだった。
階段を上ってくる靴音が聞こえた。一人のものではない。
状況の異変に対する感覚だけが研ぎ澄まされていた。
鍵は…開けたのか、掛け忘れていたのか…?
事前に外の客から錠を開けてくれとかの電話が入った記憶はない。
深夜に連絡も入れずにいきなり乗込んでくる複数の客…
ガサ入れか…?!
私は反射的にサイド・テーブルの籠に手を伸ばしていた。
放り込んであった現金を鷲づかみにして、ポケットに捻じ込む。
それを見て皆が手を止め、怪訝な顔で私を見詰めた。
「どうした?やめるのか?」
対面に座っていたマスターの問いかけを手で制し、
「誰か上がって来る…、下の鍵は掛けて…」
私の言葉が終わらないうちに、ドアが外から開けられた。
手袋をした男がノブを持ったまま上半身だけ割り込ませて店内を窺う。

初めて見る顔だった。男を睨んだまま緊張に顔が強張る。
が…すぐに気付いた…刑事にしては身なりが良すぎるということに。
ガサ入れのデカは動きやすい服装が定番だ。
冬ならジーンズに革ジャンとかジャージ、ジャケット、半コートまでの
軽装で一気にバタバタと踏み込んで、現場を押さえ
「そのまま、そのまま動かないでッ!」と
すばやく現行犯の証拠品を確保するのだ。
高級地のロングコートにカシミアのマフラー姿で踏み込むデカはいない。
初めから潜入しているネズミ(スパイ)役なら有り得るが…

何者か…小太りで顔立ちは歌舞伎役者を思わせる上品な人相だが。
「…打てますか?」
男はドアから半身を乗り出した姿勢で、カウンター内のママに問いかけた。
「は、はい…」
応えながら、ママはマスターの顔色を窺う。
「ウチはオトシ(ブー麻雀)ですけど、よろしいですか?」
マスターが卓上から愛想笑いを浮かべて確認をとると、
男は振り向いて後ろの連れに「いい?」と問い掛けていた。
そして「結構です」と頷いてから、おもむろに入店した。

私はガサ入れでは無いと安心した途端に緊張の糸が切れ、力が抜けて
麻雀を続ける意欲も失ってしまっていた。
もう止めた方が良い、この回で抜けようと思った時、
「店の閉めの時間だから、一旦戻って出直すから…」
上家で打っていた高級クラブの部長の言葉を聞いて愕然となった。
クラブの閉めの時間…?! 
「今、何時よ?」
「11時だけど、お昼までは戻れないから、後で電話入れるワ」
お昼とは夜の業界で深夜、午前0時のことである。
「まだ11時…?」
自分がひどい錯覚をしていたことに気付いた。
私の意識では、もう三日目の午前3時頃だと思っていたのだ。
風俗営業の違法営業時間帯だと…だからガサ入れかと…
そういえばママも、まだ店に残っているではないか。
いつも午前0時に一階のドアに鍵を掛けて帰宅する役目のママが…
もう駄目だ。限界だ。いきなり眠気が襲ってきた。
「ムラちゃん、ピンチー!」
大声で、奥の応接場で新参客の応対をしているメンバーを呼びつけた。

その時、先刻は安堵のあまり見過ごしていた連れの方の客と目が合った。

何処かで観た顔だ、確かに見覚えのある顔だった…

あれは確か博多浪人…そうだ麻雀新撰組の…

次回、小島先生の間伍筒とか…の話
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テーマ:麻雀 - ジャンル:ギャンブル

麻雀プロ事始

マスコミに「麻雀プロ」という奇妙な肩書きが登場するようになったのは、
第二次麻雀ブームのさなかの1970年前後からだと記憶します。

歴史を振り返ればわかることですが、過去二回の麻雀ブームは社会情勢や世相を反映した様々な要素が絡み合ってもたらされたものです。

戦後の麻雀ブームの誘因は、日本経済の高度成長にともなって一般市民の生活にもゆとりが生まれ娯楽としてのギャンブル熱が高まったことと、終戦直後に生まれたベビーブームの世代が社会人の仲間入りをして遊技人口が激増したことでしょう。

そして、最大の要因はTVや週刊誌といった新興メディアの影響です。
日本中が野球やゴルフに熱狂し、様々なギャンブルに夢中になっていました。
メディアはそのハヤリに飛びつき視聴率や出版部数のために煽りに煽ったのです。
ゴルフや競馬と並んで麻雀も雑誌の目玉記事となり、TVの深夜番組ではタレントや著名人の対局が頻繁に放映されて高視聴率をあげていました。

出版界では週刊誌に連載された阿佐田哲也の「麻雀放浪記」が爆発的な人気を博し
イカサマの技とそれを使うゴト師やバイ人の存在に好奇の目が向けられました。
流行や話題に敏感なメディアは彼等アウトローの世界にも触手を伸ばしたのです。

しかし、阿佐田哲也のように裏家業から足を洗い作家として活躍しているような人物ならまだしも、現役のプロ達は実際に麻雀賭博で生きている人間ですから、ヤクザや犯罪者と同様、気軽に表舞台に登場させるわけにはいきません。
初めの頃は顔を隠し名前を伏せ「裏プロのA氏」とか紹介していましたが、次第に麻雀を扱うメディアが増えてくると、彼等に対する世間の評価も変化してきました。胡散臭さは薄れ、麻雀を打って生活するギャンブラーとして、一種憧れの目で見るようになったわけです。

麻雀の専門誌が出版されると、彼等は一躍表舞台に引き上げられました。
紙面を飾る顔として、様々な対局のメンバーとして、生業を韜晦するために
「麻雀プロ」という意味不明な、しかし響きの良い奇妙な肩書きを与えられて…

「麻雀プロ」という呼称は元を糺せばアウトローを表舞台にあげるためにメディアが創作した苦肉の策のキャッチコピーに他なりません。
コピーは色々考えられました。
裏プロに始まり、麻雀評論家、麻雀タレント…etc

商標登録が無いキャッチコピーは誰でも自由に使用でき、どのような目的のために利用しても良いのでしょうが…
社会的に定義不能で誤解を招くような呼称は、社会的に存在意義を確立しようとする組織は使用すべきでは無いと、わたしは思うのですが…

現在、麻雀競技を主催する団体は5~6組織あるようですが、いずれも競技団体としての存在価値、発展の方向性にジレンマを抱いているようです。
その根底にあるのは「麻雀の専門家(プロ)の団体組織」という、捉え方によっては
非社会的で暴対法にも抵触しそうないい加減な組織創成です。
ブームの流れでメディアに煽られ砂上に楼閣を建てたが、さて建築許可は…
仕事も収益も計算できないまま新人を募集してみたが、さて身分の保障は…

私は個人的には射幸的ギャンブルとしての麻雀以外には興味はありませんが、
世間様に公示するような競技団体というのは麻雀愛好家によって組織され運営される同好会であるべきだと思っています。戦前の文化人による競技団体のように組織の理念として非ギャンブル非営利を掲げ、会費によって運営されるべきだと。
営利目的の麻雀業界とは一線を画すべきだとさえ思っています。

確かに麻雀の普及活動の手段としてはマスメディアの利用は効果的だと思います。
営利を目的とする関連業界に於いては尚更でしょう。
問題はその習性への対処です。
世論や流行に敏感であり雲集霧散を常道とする媒体には離反終息がつきものです。これはメディアの職性として当然の行動であり、非難すべきものではないでしょう。
メディアの仮設テント劇場で唄い踊ったタレント達が演劇集団を立ち上げた。
創成期の名優タレント達の業績は何はともあれ称えるべきだと思います。
その遺産である麻雀タレント養成学校に所属している若者達の多くが、
いつの日か晴れの舞台で脚光を浴びることができますようにと祈るばかりです。


おまけ…業界という観点から見て、麻雀と将棋囲碁の世界の大きな違いは…
    愛好家(サポータ)と業界依存生活者の比率です。
    貴方はどちらですか?

次回は多分 夜の訪問者(3) ビッグタレント登場です。

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夜の訪問者(2)

私は超能力や霊感といった類のものを殊更に信じることはできない。
霊体験も無いし、UFOも見てはいない。超能力者には会ったことも無い。
それらの体験者がいてその存在を強く主張されれば
「そうですか、申し訳有りませんが、私は未体験なので…」と
丁寧にお答えするばかりである。
何がしかの反論をするような情熱さえも持ち合わせてはいない。

予感とか虫の知らせとかの結果論的情状反芻の経験は無きにしもあらずだが
それらとて、偶然という言葉を否定できるほどの確信も、実感もない。
幼年期にはSFや忍術使いの読み物に夢中になった記憶もあるが、
少年期にはリアリズムの忍者物やハードボイルド小説に魅かれていた。
物理や科学を好み、電気や電波とはなにかと真剣に悩む小学生だった。
やがて、見えないもの感覚的には未知なるものに関しては、そういうもの
としての定義を信じることにした。理解したと思い込む…妥協だろう。
私の眼には電気や空気の実体は今もなお見えない。
が、問われればその習性の公理原理を示し、見えているかのように説明する。
見えないものの正体を…

夜の訪問者(2)

それは…
三日四晩、80時間の不眠不休、断食状態での死闘の後に見えた世界だった。
それが現実なのか幻覚なのか…確かめる術が無い。
しかし、その時私は負けが嵩んで気が遠くなるようなどん底の状態から
一気にマクリ返すことができたのは確かなのだ。

序盤のつまずきから立ち直れず、ジリジリとサイフが軽くなっていく。
そんな蟻地獄に落ち込んだような展開が二日三晩にわたり続いていた。
私は最初に座った椅子から離れることが出来なかった。根が生えたように…
やがて持ち金も底を突き、店から何度もアウトを引いて打ち続けた。
私以外の客が何人入れ替わったのか、相手が誰だったかも覚えていない。
この店にはマスターの家族以外には従業員は一人しか居なかった。
麻雀を打てるのはマスターを入れて二人しか居ないのだが、二人で同じ卓に
入って打つようなことは滅多に無い。メンバーが足らなければマスターの電話
一本で駆けつける常連客が歌舞伎町内に大勢いたからだ。

三日目の昼頃だと思う…初日に大勝ちを拾った客の一人が再来した。
「え?天羽ちゃん、あのまんま、ずーっとかい?」
「コテンパンに叩かれて、ケツの毛まで抜かれてるよ…」
「ケツの毛よりも、顔色が変わってるよ、血の気が…」

私は三日間で三回目の代走を頼んで三度目のトイレにたった。
老廃物を絞り出したような飴色の小便に糸状の血の色が混じっていた。
そして、狭い洗面所の汚れた鏡を見て一瞬唖然としてしまった。
そこに映っていたのはいつかTVで観たミイラの顔そのものだった。
頬はこけ、眼窩が窪み、肌はどす黒く変色している。
とても自分の顔とは信じられなかったが、手を洗おうとしてまたゾッとした。
時計のバンドが空回りする。手首から腕にかけて一回り細くなっていたのだ。

休息を促す周りの人間を振り切って、私は再び卓に着いた。                 
牌が重い…湿った鉛のように重かった。
指先が燃えるように熱く、肩は強張り腕は軋み続けていた。

やがて、何時間か後に、何度目かの睡魔が襲ってきた。
が、瞼は開いたままで反応しない…神経が麻痺しているのか…
その時、頭の頂点からスーッと冷たい感触が降りてきた。
風呂の栓が抜けたように体中の熱い体液が足元から抜けていく感覚。
MRIスキャンの電磁波を体感するような冷たい水平感触だった。
それ以後、脳の思考回路が停止しているような感覚が続いた。
知覚は常にあった。が、意識が薄れているという状態だったと思う。
身体も私の意志が及ばない所で動いているような気がした…

そして、あの玄妙の次元を体験したのだ。
牌が透けて見えるとか、相手の手牌が判るとかではない。
推理とか戦略とかいった思考が働くわけでもない。
無意識のうちに、ただわかるのだ… 目先の展開が…  
私以外の私…未知の感覚が、思考を停止した私の意識を支配していた。
時間の経過が緩慢になり、摸打も緩やかに淡々と実行される。
手牌の構築や打牌の選択は結果オーライの形で進行するのだ。
振込みさえも、最終結果として最良の選択になるという不思議の世界…

私は暗黒の深海から蘇生した。鉛の錘を捨てたダイバーのように…
その後の記憶は途切れ途切れだが、店への借財を返してからも愛用のクロコの
財布がネズミを呑んだ蛇のように膨らんでいたのを覚えている。
それからどのようにして帰宅したのかも覚えていないのだが
自室のベットで目覚めたのは更に一両日後の昼だった。

このときの体験は、すでに私の中では幻覚なのだとして処理されている。
その後も何度も挑戦を試みたが、二度と同じ体験はできなかった…
人間の脳はその数パーセントしか稼動していないといわれている。
未知の領域がどんな力を秘めているのか不明だが、火事場の馬鹿力であれ
胸騒ぎの予感であれ、理不尽で未体験なものを私は認知できない。
しかし、密教の行者やヨガ仙人の修行が何を根拠に行われているのか…
私は断食や荒行によってみえてくる世界があることを否定はできないのだ。
たとえそれが幻覚であろうとも…

三日三晩…その日も不眠不休で牌を叩いていた。
すでに意識が朦朧として、昼夜の判断もつかなくなっていた。
その時、背後でドアの軋む音がして冷たい外気が流れ込んできた。

…つづく















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夜の訪問者(1)

新宿でブー麻雀が全盛の頃、歌舞伎町の表通りで営業するフリーの雀荘は
昼の11時頃に開店して夜の11時前後には閉店してしまう店が多かった。
大概の客は終電の前に帰ってしまうので、終電以後の営業は稼働率も悪く
旨味が無かったのであろうが、そうすると実質営業時間は12時間前後になる。
メンバーは早番遅番の二部制で、8時間労働が普通だったと思う。
その頃の法規制の詳細は不明だが、順法営業でも充分に商売になったと
いうことだろう。

ちなみに、現在フリーの雀荘でマナーとして定着している『ラス半コール』
というのは、本来はブー麻雀の雀荘で客に閉店時間を知らせる言葉だった。
「閉店○○分前で~す。ラスト半荘でお願いしま~す」
店側から現在進行中のゲームでお開きにして下さいと、閉店時間の30分前ごろに連呼される通達だった。
それが何時の頃からか客がゲームを抜ける際の申告に使われるようになった。
やめるなら事前に「ラス(ト)半(荘)」と言って店側に知らせろと…。

閉店時間に雀荘から追い出された客達は、家路につくか飲食街に流れるかのどちらかであったが、まだ麻雀を打ち足りない客が他の客を募って歌舞伎町から離れた周辺地域のセット雀荘に向かうこともあった。
フリーの雀荘で知り合った素性の知れない客に誘われ、知らない場所で麻雀を打つなどというのはバイニンの餌食になる可能性があって非常に危険なのだが
それでも深夜の歌舞伎町の雀荘に入るよりは安全だと思われていたようだ。
歌舞伎町で深夜営業をするような雀荘は、ドアに鍵を掛け、客を確認してから入店させるような店ばかりで、一般人には剣呑な場所という認識が強かったのだ…
その認識はあながち間違いとはいえなかった。
盛り場の深更の雀荘にはオフィス街や町場のそれとは異質な風が吹いている。
客層もレートも刹那的遊興の推力で回転する。非日常の世界なのだ。

その深夜営業の雀荘は西武新宿駅前のバラックビルの3階にあった。
一、二階が何屋だったのかは覚えてないが、ビルの脇の小さなドアを
開けるとその店のための専用の階段がある。
人ひとりがやっと通れる程の狭くて急な階段だった。
店内も階段に比例したような短冊形の狭い間取りの空間であった。
麻雀卓は3卓、いや4卓あったかも知れない。
それなりの内装は施されていたのであろうが、記憶に残るのは黒ずんだ壁紙…
そして、天井から卓の真上に吊るされたコウモリ傘のような定点照明…
西陽が射し込む小さな窓から西武線のプラットホームが見渡せた。
駅舎がホテルを併設した高層ビルに建て替えられる以前の話である。

その頃の一時期、私はこの店に入り浸っていた。

麻雀を打ち始めてから何時間、いや何日目なのか…
その日、私は既に時間の感覚を失っていた。
負けが込んでいたのかも知れない…
麻雀を始めればいつものことだが食事らしい食事は口にしない。
コーヒーとタバコ、そして僅かな甘味を舐める程度で勝負に没頭する。

三日目だとすれば、又あの玄妙の次元を体感できるかも知れない。
朦朧とした不可思議な陶酔のなかでの超常感覚…
卓上の展開が数秒の時間差で予測できる異次元へのタイムスリップだ。
山に手を触れる前に次の自摸牌が完璧に予知できる異能の覚醒…
それを生まれて初めて体験したのはこの雀荘に出入りするようになって
間も無い頃だった。
それは…
長いので次回に…

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アウトローとか

実は、麻雀新撰組時代の小島武夫御大との本人も覚えていないであろう新宿での一期一会の思い出話を書こうかと思っていたのですが…
麻雀クラブ・ドルフィンのスタッフ・ブログでトンキチさんがこのブログを
紹介しているのを知って、あれま?と思い急遽変更しました。
トンキチさんはこのブログはアウトロー、アウトローと連呼しているのですが
私としては、まだアウトロー的なことは何も書いてはいないつもりだったので…
うーん、コメント欄かな? それとも雀鬼効果か? 
いや、良いんですけどね、ワタクシ的には問題ないんです…特には。
自分の表現力というか筆力には常に懐疑的であり自信もありませんから。

そこで、アウトロー…Outlawですか…つまり無法者について一言。

結論から言うと私は人間の本性はアウトローだと思っているわけです。

法とは人間の社会秩序維持のための規範としての強制であり、摂理への抵抗です。
摂理とは自然界の秩序であり人間界にとっては不条理とされるような現実です。
私にとっての「流れ」という概念はこの摂理に基づく思考なのですが
今回はテーマが異なるので記述はまたの機会にいたします。
で、再度、くどくど法についての講釈。
法とは人間が人間として本来持っている欲望に対し、国家もしくはそれに準ずる
強権力が社会秩序を守る為に歯止めを掛ける規制のことです。
人間の基本五欲をはじめ、あらゆる欲望に臨機応変に枷を掛けるのが法律です。
本能で行動する動物に対する手枷足枷、猿轡、鉄格子のようなものですか…
例えが悪いかな…? まあいいや…

お分かりでしょうか… 
ギャンブルをするような人間がアウトローに魅かれるのではありません
本来アウトローである人間の本性がギャンブル体験を欲求するのです。
勝負事…射幸的ゲームの昂揚感に魅かれるのです。
射幸的欲望の実現は人間の本能の発露ですが反社会的な行為となります。
しかし、人間は反社会的な無法者として生きようとも生態は社会的動物です。
アウトローといえども所属母体の法は順守するような習性があります。
国家の法は無視するようなヤクザ者でも渡世上の掟は身体を張って守ります。
ギャンブルにもルールという法があり、その法を順守して戦うわけです。
そう考えると純然たるアウトローなどは存在しないような気がします。
いるとしたら、雀荘に入ってきても麻雀なんか打たないでしょう。
猟銃なんか振り回し、手っ取り早く
「どいつもこいつも金を出せッ!」
とか叫ぶに相違ありません…

歌舞伎町はアウトローという銘柄のタバコを吸う人種の喫煙室のような街です。
そこを生活の場としている人々は程度の差こそあれ、殆どがアウトローの香りと煙に馴染んでしまいます。
自分ではタバコを吸わなくても間接喫煙の被害は受けてしまうということです。
勿論、頑丈な防毒マスクを着けた、純然たる遵法者も沢山いるのですが、
喫煙室の中で嫌煙権を主張できるとは思えません。特に夜の街では…
深夜の歌舞伎町での商売は法規制から逃れることが仕事のような感があります。風営法など無きがごとく多くの店が手入れ覚悟で営業しています。
雀荘は殆ど24時間営業で……ん?
 みんなアウトローなのかぁ~?

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洗足記

歌舞伎町から手積の雀荘が消え、ブー麻雀の店も少なくなってしまった頃
私は久しぶりにブー麻雀が打ちたくなって、前に友人から聞いていたアルタの裏手にあるブーが打てるという雀荘を訪ねてみた。
古い小さなビルの3階にあるその店は驚いたことにまだ手積の卓で営業をしていた。
薄暗い照明の狭いフロアーに通路の空間も無視して古い雀卓が5~6卓セットしてある。応接用のソファーも無いような店だった。
ドアを開けると、入り口に近い一卓だけが稼動していた。その卓で牌をかき混ぜていた4人の客が一斉に私を見たが、見知らぬ客だと分かるとすぐに目をそらし、視線を卓上に戻した。

「ウチは初めてですか? ブーのルールは御存知ですか?」
若いメンバーがオシボリを手に応対に立ったが、私は彼の質問を上の空で聞いていた。その肩越しに見える店の奥に視線を飛ばしたまま…
自分を無視するようなその態度にムッとしたらしく、メンバーは不快気に眉を寄せながら、振り返って私の視線の先を追う。窓際の一番奥の卓を…

男が一人、スポーツ新聞を広げながらコーヒーを飲んでいた。旧知の顔である。
が、もう随分と会ってはいなかった。数ヶ月いや数年かも知れない。
男は私の来店にも視線の気配にも既に気付いているはずだが、紙面に目をおとしたまま顔を上げようとはしなかった。
私はコーヒーをたのんでから、そっとその卓に近づいた。
「どうも…」
ペコリと頭を下げて挨拶すると
「よう…」
例によって一瞥、声にならない口型だけの応答が返ってきた。
「手積で桜井さんが相手じゃ勝てそうもないから今日は止めとくか…」
自嘲気味に吐いた私のセリフに、雀鬼は「ふっ…」と微かな苦笑で応じたが
私を見上げ
「もう、麻雀じゃ食えねえだろう…?」
と真顔で、確かめるように訊いてきた。
おまえはまだ麻雀で凌げているのか?という意味なのだろう。
「麻雀じゃ食えませんよ」
私は笑って答えてから一呼吸おいて話題を変えた。
あとに続く言葉『もともと麻雀で食ってもいないし、食うきも無いから…』という言葉は口にはしなかった。

雀鬼は私のことを麻雀打ちであり「ゴト師」の一人として認識しているに違いない。
私の麻雀経歴からすれば誤解を受けても仕方が無いのだが、しかし、私が麻雀で凌いでいたのは二十歳過ぎの二、三年、実際の期間は一年にも満たないかも知れないのだ。そのへんの話はいずれ稿をあらためるとして…。
雀鬼との接点はあくまで麻雀を介してのみである。その麻雀のレベルが同業者並との評価であれば、後ろめたくも悪い気持ちはしない。
歌舞伎町の最高レートの雀荘に出入りして日夜牌を叩いているような人間はプロかダンベエかのどちらかであり、牌捌きを見れば一目瞭然である。加えて裏社会の代打ちやプロ同士の戦いの場面にも私は出没していた。プロの裏技も知り尽くしていたし使いこなす自信もあった。そんな男をマトモだと思うはずも無いだろうが。

雀鬼が私をどう見ていたかが分かる面白い思い出がある。
歌舞伎町中央通りのビルの地下に大箱の雀荘が開店した。
その店の運営に雀鬼が参画しているという話を聞いて私は覗いてみたのである。
記憶は曖昧だが確か20卓を超えるような大箱だった。
一見には紹介者が必要だといわれて驚いたが、雀鬼の名前をだして入店した。
またまた驚いたことにほぼ満卓である。が、それは大会のイベントのせいだった。
「参加しますか?」
「ええ」
ということで、私はメンバーが座っていた席に案内され、大会が開始された。
総勢6~70人の参加者の中で私は飛び入りで3位だか4位に入賞したのだが
それはどうでもよい…問題はゲームの最中に違和感があったことだ。
半荘が終了し卓替えで移動するたびに、私の背後にメンバーが張り付くのだ。
シキテンである。悪さをしないかと見張っているのだ。私だけを。
これは雀鬼の指図だなと思って可笑しくなった。
雀鬼にとって、私は何をするかわからないゴト師だとの認識だったのだろう。

雀鬼はほどなくこの雀荘から手を引いた。オーナーとの確執が原因だとか…

話を戻そう…
「もう、麻雀じゃ食えねえだろう…?」
このときすでに雀鬼はイカサマ技のビデオ製作に乗り出していた。
麻雀プロから足を洗う決心をしていたということだろう。

やがて、「20年間無敗の男」のキャッチコピーと共に表舞台に登場するわけだが。
麻雀に無敗は有り得ない。このコピーをそのまま受けて揶揄する馬鹿がいるが。
プロの無敗とは「勝たねばならない勝負には必ず勝つ」ということだ。
手段を選ばず…これはゲームという次元の話ではない。
麻雀賭博のプロとして新宿で生き残ってこれたということはそういうことなのだ。

雀鬼は表世界で生きるようになってから「麻雀プロ」という呼称は意識的に避けているような気がするのだが、私の思い違いだろうか。

阿佐田哲也は何故麻雀のイカサマ技を小説で公開したのか…?
   「もう、麻雀打ちが食える時代じゃありません…」

雀鬼が何故麻雀のイカサマ技をビデオで公開したのか…?
   「もう、麻雀じゃ食えねえだろう…?」

『麻雀で食おうとも食えるとも思わなかった…
 私は麻雀というゲームが面白くて楽しくて大好きだから…』

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流転の牌譜(1)

プロフェッショナル考

昔、無頼の男これあり。日々麻雀を打ちて糊口を凌ぐ。
無為徒食の身なれば安住の地を得ず。放浪徘徊を常とす。
やがてその技、面妖なりとて衆人の忌避するところとなる。
人呼んで「ゴト師」「サマ師」「バイ人」「雀ゴロ」エトセトラ…
これ即ち「麻雀プロ」の原始なり。


昨今の「麻雀プロ」は雀荘に招待されて色紙まで求められると聞きましたが
今から半世紀前、1960年代のなかばまでは、麻雀のプロと名指しされれば
雀荘への出入りは断られ、周りからは白い目で見られるような存在でした。
麻雀をシノギにする、生業にできるということは、なにがしかのズルやゴマカシ、
イカサマをしていると判断されたわけです。

これは至極当然な理屈です。麻雀が常勝可能なゲームだとしたらそれは賭け事の対象としてのゲームにはなりえないからです。
麻雀はもとより、あらゆるギャンブルに対して必勝法を探求している方々がおられますが、私はその努力が無駄だとか無意味だとかは申しません。
ギャンブルについてなにがしかの感得にはなるはずですから。
しかし、結論は明白なのです。
世の中のありとあらゆるギャンブルには必勝法はありません。
もし、自分には必勝法があると言う方がいるとしたらその方にお訊ねしたい。
そのギャンブルはギャンブルとして成立するのですか?と…
強引に成立させたとして、そのギャンブルの必勝法を知っているあなたは
無知の方に対してズルをしていることになるのではありませんか?と…

ゲームに勝利の方程式つまり必勝法が存在し、それが解析されたときそのゲームはゲームとしての命を失うのです。当然ギャンブルの対象としての価値も…
ゴト師や詐欺師になろうというのでなければ、こんな単純明快な方程式が理解できないはずは無いと思うのですが…

賭け事で常勝しようと思えば、不確定事象を有利に確定させるためのなんらかの人為的技術の介入が必要になります。
ギャンブル用ゲームとしては人為的な要素を極力排除するのがベストですが
自然界の現象に任せるのでは単純さ冗長さに帰結する恨みがございます。
花は何時咲くか?雨は?柿は何時落ちるか?これではアクビが出ます。
カード、花札、カルタ、ダイス、牌、玉、ハンドル、手綱…etc
主たるギャンブルはいずれも人の手に依って短時間に事象確定がはかられます。
古今東西、その許された範囲の人為的技術の開発と習得に骨身を削り研鑽を重ねてきたのがプロフェッショナルと呼ばれる人々なわけです。
不確定要素の確定に可能な限りの人為的技術を加えて優位を得ようと努力する…
それが勝負事のプロと呼ばれる存在です。それでもなお常勝は不可能です。
イカサマといわれるプロの技は文字通り如何様ごとであり窮鼠死活の手段です。
演技ならまだしも実戦で使うには状況に会わせた尋常ならざる覚悟がいります。
【Read More】

テーマ:麻雀 - ジャンル:ギャンブル

プロフィール

amou0

Author:amou0
H.N: 天羽 礼
年齢:知ってどうする?
職業:まとも、だから退屈で
   遊んでるようなもの
BT:AB型の二乗
生息地:深山幽谷&ネオン街
近況:迎えをまっている。
   出来れば天国から
   シースルーの羽衣の
   天女さまを希望…

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