**麻雀蒐穂録**

マージャンとはギャンブルとはゲームとは…そしてプロとは…!

遠い昔、歌舞伎町のけもの道を徘徊していた 畏怖るべきアウトロー達との交遊を
途切れた記憶の糸を紡ぎながら回顧録まがいに書き起こそうと思います。

 ※実体験以外に風聞や創作も加味するつもりです。フィクションとしてお読み下さい。

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夜の訪問者(5)

既に、歌舞伎町のブー麻雀では一人飛ばしのチンマイは勿論のこと
足引き(自分が浮かないのに他人をマイナスにしてしまうような和了)も
すべて禁止されていた。
その厳しい制約がブー麻雀を一層奥の深いゲームに仕上げていたのである。


夜の訪問者(5)

下家のAさんが、「なんだよ、チョンボかよ」と
なかば崩しかけた手牌を慌てて引き寄せ、並べ直す。
「チンマイは無しですから…満貫だと出アガリはできません…」
マスターが先生の手牌を見ながら、店のルールを説明する。
「知りませんでした…チョンボですね」
「いや、和了放棄です。流れたらチョンボになりますが…」
点棒を払おうとする先生を制してマスターが説明を続ける。
二人のやりとりを聞きながら、私は苛立ちを覚え
「知らねえわけがねえだろうよ…」
眉を顰め、苦々しく吐き出すように毒づいていた。
小島武夫が…とは言わなかったが…

小島武夫といえば九州博多であり、博多といえばブー麻雀のはずだった。
先生はリーチ麻雀よりもブーの方が得意だろうと私は思っていのだ。
それが、チンマイ和了のチョンボを知らないと言う。
どういうことなのか私には理解できないまま、ただ不愉快だった。

マスターはダブ東を晒し、すでに万子混一色の聴牌の気配をみせていた。
北家のAさんはマスターの鳴きを警戒して役牌を絞りながら打ち回していた。
リーチが掛かる前なら役牌も切り出せたろうが、もう親に危険な牌は切れない。
先生がリーチ棒を出した時点で―100点の沈み状態だから、Aさんが振り込めば
ダブ・ツー(二コロの倍払い)の餌食になってしまうのだ。
それは私としても同じ境遇なのだ。
私の手は、オタ風の北が暗刻で役無しの一向聴。だが、ドラが二枚あった。
ドラ(二索か三索だと思う)を雀頭にした手牌構成だった。
ダマ聴では出和了が出来ない形だが、ブーのスタートでは良形の牌姿といえる。
リーチをかければ誰からでもロン和了ができるしツモれば満貫で三コロになる。
だから、聴牌すれば当然リーチの手だった。

そして…すぐに聴牌が入った。役無しドラドラの聴牌が…
リーチか… しかし…
上家の先生は負傷したまま無防備で前進するだけの兵士になってしまい
下家は戦場離脱を決め込んで逃げ惑うだけの兵士になってしまったのだ。
私が土俵に上がればダブ権の威力を振り翳す親との真っ向勝負となる。
そのうえ、私がリーチ棒を出せば、親は誰からでもあがれる状況になる。
私か先生が親に振り込めばダブ・ツーで二人が支払ってゲーム終了だが
万が一、Aさんが親に振り込めば三人沈みのダブ三になってしまうのだ。
完全にオリれば親の独壇場で、ダブ三自摸の可能性が高まるばかり…

私は「リーチ!」と打って出た。

ハイリスク・ローリターンと思えたが、勝算はあった。

②③七八八北北北888 (22) ←頭ドラ3索だったかも…

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この一向聴からの聴牌でリーチに出たが入り目を推理してみて下さい。
できれば勝算ありと考えた理由も…

最終結果は…マスターのダブ三で終了した。
リーチ後に私がツモ切りしたシャボ待ちの白を当たらずにポンして
えげつなく萬子の三面張のフリ聴にしてからツモった…と記憶してます。

私は脱力感で急速に眠気に襲われ、丁度来店した西口の大手不動産会社の
不良営業マンと交代して、ソファーで爆睡の次元に逃避いたしました。

翌日の昼近く、目が覚めた時には、先生とそのお連れ様の姿は消えていました。


このブログを立ち上げる前に、私は阿佐田哲也のキー・ワードで何度か
サイト検索を試みていた。そこで、ある記事を目にして驚いたのだが
1970年代前半のこの頃、新宿の三越裏に阿佐田哲也の肝いりで大箱の雀荘が
オープンしていたらしい。
その名も『新撰組道場』…*参照=浅見了氏の「麻雀祭都」

最近ではほとんど線引きができなくなってしまったが、新宿という場所は
他の都心の街に比べて住所区画による住み分けがハッキリしている街だった。
歌舞伎町や二、三丁目は三業地の流れを汲む盛り場であり夜が主体の街である。
だから、そこに出入りする人間の多くはどこか夜の遊興の色を纏っていた。
それに比べて、新宿駅周辺の新興商業地区は健全な業態が多い昼の街であり
繁華街、歓楽街としての風情も微妙に異なっていたのだ。
歌舞伎町はひとつの独立した特区であり、生活の総てはその中で済んでしまう。
私は毎日のように歌舞伎町を徘徊していながら、同じ新宿の街にあったという
その『新撰組道場』の看板を掲げた雀荘の存在をまったく知らずにいたのだ。
記事を読む限りでは、どうもサラリーマンのセット客を対象とした営業形態
だったと思われるが、小島先生も麻雀教室の講師役として深く関わっていた
とか。支配人が女性であり、九州でクラブを経営していたということだが…
新撰組の道場なら、一度くらい覗いてみたかった…残念。

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コメント

難しい…

晒されている情報が少ないのでパスです(笑)

勝てると感じて勝負に出て負けたのだから、席を洗った事が正解だったとは思いますけど…(^^;)

うーん・・・

コレだけの材料で判断できるとすると・・・ピンズが安く拾えそうでワンズ入り目になったぐらいしか想像できないな。八や2が暗刻になったら三暗刻だし・・・。難しい問題出さないでー。

子皮さま

情報は出したつもりですが…申し訳ございません。
ブー麻雀の臨場感が無いと無理な問題だったかも知れません

交代したのは
①勝負に勝てずガックリ。体力的に限界…これが第一です。
②下家が守りの麻雀しか打てなくなった(種銭の問題でしょう)
③先生がリーチ麻雀の感覚から抜け出すまで時間がかかる。
つまり、マスターとの一騎打ちで完全に捩じ伏せられわけです
この状況では当分はマスターの勢いを止められないとの判断です。

一応、考えてみましたが…

私なら、①か④をツモって七切りますね。
他に勝負になる手が思いうかびません(^_^;

omoteura さま

おお~お見事!正解です!
ブー麻雀でこの状況、この手牌でリーチに出るのは
六-九萬が入った場合だけです。
解説書いていたら、長くなっってしまいました。
で、記事に変更してUPしますので…

子皮さま

記事にします。読んで下さい。
ブー麻雀ではそれ有りですよ。

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