**麻雀蒐穂録**

マージャンとはギャンブルとはゲームとは…そしてプロとは…!

遠い昔、歌舞伎町のけもの道を徘徊していた 畏怖るべきアウトロー達との交遊を
途切れた記憶の糸を紡ぎながら回顧録まがいに書き起こそうと思います。

 ※実体験以外に風聞や創作も加味するつもりです。フィクションとしてお読み下さい。

2017.05 « 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 » 2017.07


スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ブー麻雀(4)

ブー麻雀を打つと聴牌読みの精度が増す。根拠は色々あるのだが…

その前に、私はここで聴牌読み、つまり見えないマチの推理について
捨て牌などから判断する帰納的推理法などを述べる心算は無い。
それらは様々な戦術書や解説書を読んで参考にすればいいだろう。
全員が牌効率や聴牌確率に従って忠実に打っているのであれば、あるいは
捨て牌にも足跡が残る…かも知れない。残らない…かも知れない。
麻雀は数理要素を土台にしたゲームだが、実戦の本質は心理戦なのだ。
だから巧者は足跡を消し気配を消す。そして定石を逆手に取って戦術とする。
理論の糸の先には罠を仕掛けやすいからだ。罠は理論の裏でのみ生きてくる。
話が外れてきた…悪い癖だと思っているのだが…

本題に戻そう。
結論から述べる。数ある中で最大のファクターと思われるのは差込みだろう。
ブー麻雀では差込みの打牌によって聴牌読みの正誤が即座に検証できるからだ。

差込みとは大局観を元にその場の状況を把握し、相手の手に当たりそうな牌を
狙って振り込んでしまうという戦法だが、外れたら次の候補を選んで振り込む。
当たるまで、何度でも推理を繰り返しながら狙い打つ…
場面状況次第では差込みを受ける側も意図的に判り易い聴牌形をつくるので、
通常よりも読み易いはずなのだが…それでも的中させるのは難しいのだ。
これか?これだろう?それ当たれ!と危険牌を次々に打ち込んでも、なかなか
思ったようには当たらない…それが現実であり、確率的にも正しい結果なのだ。
(この実戦体験は強さを身につけるのに有効なのだがそれはまたいずれ…)

通常の麻雀では危険牌を推理するだけで、検証の機会が与えられない。
降りるか、回るか、勝負するか…という苦渋の選択を迫られるだけなのだ。
お分かりだろうか…聴牌読みの意識が恐怖観念のマイナスイメージなのだ。
選択の判断を一度誤れば、そこで挫折し、後悔と自己嫌悪に捉われる。
たとえ読みが的中しても、自手の和了無しでは達成感も得られない。

かたや、ブー麻雀の差込みでは、間違えてもそれほど落胆することも無い。
捨て牌や状況を検証しながら何度でもその聴牌形を推理試行できるのだ。
なによりも、狙い撃ちの成功には達成感が伴う。
その一局では敗者でも聴牌読みが的中すれば「してやったり!」という
まるで勝ったような快感を得ることができるのだ…

ブー麻雀を打つことによって聴牌読みの力が付くのは…
この推理に対する陰と陽の意識の差と、実戦上の差込みの連続的検証の有効性、
そして以前に書いた手牌を離れた視線による的確な動静判断によるものだろう。
形ではなく動静、摸打に気配をよむという感性の習得だろう…

麻雀の「強さ」についての持論は次回にします…
スポンサーサイト

テーマ:麻雀 - ジャンル:ギャンブル

コメント

情報の

取捨選択というか、卓外の情報も含めて推理する楽しみはありますよね。相手に対する信頼度とかも影響しますし。

ネット麻雀とは全く違うゲーム性になります。僕はブーの方が打ちやすいんですが。

技術ですか?

私は、勘で打っても推測して打っても所詮は運次第だと思っています。

だから、(無意識に)勘や読みが冴えている状態を[運がいい状態]と私は表現しています

omoteura さま

信頼というか、待ちを読むのは難しいですね。
振っても振っても当たらないので不思議に思ったらフリ聴だったとか
どう見ても混一模様で晒しているのに待ちはドラ頭の別色だったとか
ワンチャンスでこれは絶対に無いと思う様な良過ぎる待ちだったとか
中途半端な手で出和了すると足引きになるので当たれない手だったとか
数えあげればきりが無いほど…面白いですね。

ネット麻雀は相手の様子が見えないから、誰でも彼でも配牌手ナリ、
速攻、イケイケ、リーチ裏ドラ期待のような展開が多いはずです。
まあ、それなりに面白いのでしょうが、勝っても負けても味気ないと
思うので私は参加する気にはなりません。今のところ…

子皮さま

私は麻雀での技術とはイカサマと操心術だけだと思っております。
ある種の博打で要求される技術と同じですね。イカサマは別として…
麻雀は運が10割のゲームです。が、卓上の運は4人の総合運であり
流動的なものだと思っているわけです。
人、場所、時間、方角、暦…etc 運の所在は何に求めても自由です。
しかし、運の本当の棲家は人の心…心以外の何処でもありません。
ですから運の多寡や出入りを意識してしまう人間の心を操る術は、
私は勝負事の技術と位置付けても良いだろうと思っています。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://amou0.blog62.fc2.com/tb.php/26-9367bc31
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

amou0

Author:amou0
H.N: 天羽 礼
年齢:知ってどうする?
職業:まとも、だから退屈で
   遊んでるようなもの
BT:AB型の二乗
生息地:深山幽谷&ネオン街
近況:迎えをまっている。
   出来れば天国から
   シースルーの羽衣の
   天女さまを希望…

最近の記事

最近のコメント

カテゴリー

月別アーカイブ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

最近のトラックバック

カレンダー

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。