**麻雀蒐穂録**

マージャンとはギャンブルとはゲームとは…そしてプロとは…!

遠い昔、歌舞伎町のけもの道を徘徊していた 畏怖るべきアウトロー達との交遊を
途切れた記憶の糸を紡ぎながら回顧録まがいに書き起こそうと思います。

 ※実体験以外に風聞や創作も加味するつもりです。フィクションとしてお読み下さい。

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メンバー百景(1-C)

メンバー百景 1-C
「予想通り、俺の配牌は八種十牌で一出来面子という陥穽模様の配牌だった」
「カンセイモヨウ…?」
「落とし穴、罠だよ… 一見何かになりそうだが、決して成就はしない…
手なりに進めれば誰かの和了を助けるだけの結果になるような牌模様さ」
私はバーテンからメモ帳を借りて記憶に残る牌姿を書き出して見せた。

④⑦⑧⑨⑨19一一白発東西

「中が無かったから…こんな感じだったろう」
グラスを拭きながらメモを覗いていたバーテンが、
「配牌を見ただけで何かわかるんですか?」と、首を傾げて訊いてきた。
吉田の鼻がニンマリ広がる。
「解るんだよね、俺らクラスになると」
私は思わず噴出しそうになったが…こらえて付け足した。
「麻雀バカになるとマトモな人間には見えないものが見えるようになるのよ」
「麻雀バカ…ですか…」
このバーテンはニューフェースで馴染みは無いが、賢そうな若者だ。
ニヤリと頷くバーテンに吉田の鼻が一段と膨らむ。
「バカじゃないよ、バカズよ、麻雀の場数を踏んでるとね、経験がね、
 勘がね、働くわけよ、ほら、よく言う流れってわかる?」
「ええ、デジタルとかオカルトとか…」
バーテンが話に喰いついちまった。酔った吉田の悪癖を知らないのだ。
マズイ流れだと思ったが止めようが無かった。
「バカだねぇ、わかっちゃないね、流れってのはオカルトじゃないの」
「いや、僕も流れは有るんじゃないかと…」
「デジタルって何よ、確率とか統計とか数字を並べて澄ましてるけど、
 あれって定石と同じでしょうが、それも基本中の基本ね」
「デジタルは定石ですか…?」
私は天井を仰いで目を閉じた。バーテン!それ以上、蜂の巣を突くな…
「あのね、百人の軍隊と十人の軍隊が戦う時、あんたならどっちが
 勝つと思う?」
「それは百人いる方が…」
「だよね、それが常識で定石なの。で、あんた織田信長って知ってる?」
「僕、名古屋出身ですから…」
バーテンは馬鹿にするなというように少しムッとして答えた。
「あ、そう、俺は九州の出なのよ、内緒だけど…」
内緒なら言うなッ!でも、田舎の話に替わるならその方が救われるが…
「そうか!桶狭間の戦いですね?」
あああ…バーテン!おまえは何で名古屋なんかで生まれたんだッ!
おまえは、おまえはバベルの塔に火を着けて、油を注ぐ気かぁ!
「へえ…、君って意外に賢いねぇ。そう、どんな戦いも、戦うってことは
 定石を無視することから始まるんだ。十対一で一が必ず負けるというなら、
 なんで戦うのよ? 初めから戦う意味なんか無いだろう?」
「戦う意味ですか…」
「桶狭間では、天運地運時の運、つまり天候地形時刻全部信長に味方した、
 だから数千の兵で数万の今川軍に勝てたってわけだ、運の力だよナ」
「ええ、知ってます」
「じゃ、ゲンコウってしってるか?」
「ゲンコウ…?」
「昔、俺の田舎、九州の内緒ね、そこに中国の元って国が攻めて来たのよ」
「ああ、その元寇ですか…台風で敵の船団が全滅したという」
「いいねぇ、知ってるねぇ、そう、あれだってね、運が…」

もう止まらない、吉田の話は延々と続くのだ。
源平の合戦から第二次大戦の戦況まで…歴史上の勝負に関わる運の話が…
普段は大人しい男がこの手の話になると飲むほどに酔うほどに饒舌になる…
実は吉田の悪癖、運の話には私にも多少の責任が有るとは思っている。
ずっと以前に、卓上における運気流について語り合ったことがあるのだ。
その時、話の流れで運命論から精神論、人生観にまで言及してしまったが
彼は運を絶対のものと位置付けることに異常な喜びを示していた。
それから歴史物語や軍記、兵法書や戦術書の記述から自分の思考に合った
事例を拾い集めては、運に対する持論を展開するようになったのだ。
聞かされる方は迷惑だが、否定するような話でもない。個人の見解なのだ。
運の正体を定義し証明する方法は、残念ながらまだ無いのだから。

が、なぜ彼が運命論的見解に熱弁を振るうのかは正直理解できなかった。
不思議に思っていたが、何度か聞かされているうちにふと気付いたのだ。
彼が持論を熱く展開する時、決まって故郷や親子関係の話が添えられる。
「人間は親や国や時代を選んで生まれることなど出来ないだろう?」
といったような話から、俺だって…と身内や故郷の話題が入る。
それで氷解したのだ。彼の精神は病んでいるのだと…無意識の奥底で…
彼が故郷を捨てた事情…過去の不始末の詳細は知らない。
しかし、彼が犯した何事かで被害を受けた人々がいるのは確かだろう。
そんな被害者達にたいする罪悪感から逃れたいのだろうと思った。
そして何よりも過去の事件での自分の責任を転嫁したいのだと…
俺は運が悪かっただけだ。能力もあり人一倍努力もしたはずだ。
運は絶対のものであり、あの結果は運命でどうしょうも無かったのだと。
彼の心中で燻り続ける罪悪感が救いを求め逃げ場を探しているのだろう。
それが運命論を説く心因なのだ。宗教に近いものかもしれない。
彼は善良な人間だと思う。そして弱い人間なのだと…。

「どうしたのォ…またヨシちゃんの難しい話ィ?」
ママが背後から羽交い絞めするように抱きついてきた。酔っている。
アルコール満タンで火照った頬を私の耳に摺り寄せながら
「なんなの、これ…?」
細くしなやか指で、メモ帳の配牌の数列を指差した。
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